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リテラシーラボラトリ

リテラシーを考える

「熱意」について考える

最近「熱意」についてよく考える。とかく重要だと思う。「情熱」も似た言葉だけど、若干違う。その辺について思ったメモ。

「熱意」と「情熱」の違いってなんだろ

どちらも大事なことと漠然と思って生きてきたが違いを意識することはなかった。熱い思いって意味では同じなんだけど、微妙に違う。以下の関係にあると思ってる。

情熱⇒熱意

「情熱」は、自分の問題だ。自分の心から出る燃え上がる感情。
そして熱意は自分だけの問題じゃない。他人にも関わるもの。熱意は人に伝わる。
情熱は熱意となって人に伝わる

「熱意」として表に出さないと勿体無い

だから何だ、と言われそうだが、言いたいのは、

「情熱」として秘めてるだけではダメで、「熱意」として表に出さないと勿体無い

ということ。

情熱は誰しもが持つもの。しかし熱意として外に積極的に出している人はそれほど多くないように思う。それって結構勿体無いことだよなと思うわけで。

そして外に出すことで、熱意は相手に伝わり、組織に伝わり、最終的に自分に帰ってきて、さらに強くなる。

この流れが大事なことのように思う。

もちろん情熱を秘めていても、伝わることはある。けど意識的に出すのと出さないのでは結果は変わってくる。

「熱意」を出すってなんだ

思ってるだけではダメで、積極的に言葉にすることが大事。相手も分かるだろ、ではダメ。具体的な言葉にする必要がある

会えるなら直接話をするのが一番いい、言葉と同時に、表情や身振り手振りといったところでも熱意は伝えられるから。

会えないならWebで伝えるといい。伝えないよりも100倍いい。ブログなどのアウトプットの重要性はここにあることに最近気付いた。

今までこの人すげえなあと思う人は、えてして情熱ある人でもあり、なにより熱意を見せている人だ。戦略的かは自然としてるかは別として、熱意を上手く見せれてる人は、成功してる気がする。アウトプットうまい人が多い。

ドキュメンタリー番組が僕は好きだが、そこに登場する人は熱意に溢れてる。もちろんそう見えるよう上手く映してるというのもあるが、それを抜きにしたって、熱意が出てない人は紹介されるのは難しいだろう。

たまたま偶然で〜というのもあったとしても、それを掴めたのは、熱意を見せれたからなんじゃないだろうか。

広い意味ではマーケティングも熱意だ。熱意マーケティング。

組織における「熱意」とカリスマ

個人としてもそうだが、組織をつくる・運営するにおいても「熱意」は重要なキーワード。

組織の継続性、成長発展において熱意は切っても切り離せない。優秀な人材が集まったとしても、熱意なき組織は瓦解の未来しかない。

リーダーシップにおいて大事なのは、能力よりも熱意だと思う。自分が熱意をもつことで、メンバーに熱意を持たせることができる。といってもただ暑苦しい人ではだめで、熱意の見せ方は工夫が必要だ。

熱意というのは伝播しやすい。能力は伝播しにくい。熱意がまず先で、次に能力だ。熱意を受けた人が、能力をもつように努力するわけで。

「カリスマ」というのは情熱も異常だけど、熱意を見せるのが非常に巧みというのも特徴としてあるだろう。

「熱意」はどこから生まれるか

熱意を生む情熱はどこから生まれるか。

それは課題意識と目的意識だ。

とある課題を目にし、その解決を目的とする。

その意識の強さが情熱を生む。そして熱意に変わる。

NPO起業家を見てるとそう思う。

「熱意」を失わないように気をつけるべき

熱意は貴重なものだ。すぐに失われる。

熱意を排除するものからは遠ざかるべきだ。それは人もそうだし、物もそうだ。

「こうしたほうがいい」というアドバイスは受けるべきだが、「そんなのうまくいくはずがない」という非難は避けるべき。前者は熱意を助長し、後者は熱意を下げる。批判は受けてしかるべきだが、いわれなき中傷には耳を塞ぐなり場を離れるなりした方がいい。

あと過度な現実逃避も避けるべきだよなあと思う。現実のなかには、向き合うべき課題と目的も含まれる。それも忘れてしまっては、熱意は下がってる。気分転換程度に留めておきたいところ。


以上、熱意について。意識して動いていきたい

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